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遊行寺について


 
時宗開祖の一遍上人より数えて4代目の呑海上人開山の 時宗総本山です。藤沢山無量光院清浄光寺が正式な寺名ですが、呑海上人が正中2年(1325)に廃寺を再建して遊行引退後の住まいとし、歴代の上人も遊行引退後に住むようになったので「遊行寺(ゆぎょうじ)」と呼ばれるようになりました。現在の建物の大部分は関東大震災後に復興されたものですが、 中雀門は唯一、江戸時代からのもので向唐門造りになっています。また、菊の御門と三葉葵が刻まれています。延文元年(1356)の銘を持つ 梵鐘は県指定重要文化財です。境内中央の 大イチョウは市指定天然記念物になっています。昭和26年(1951)の日本観光地百選に選ばれました。
 
遊行寺公式サイト  http://www.jishu.or.jp/

宗祖一遍上人像

 
本堂前右手の高台に時宗の宗祖、一遍上人銅像があります。
戦中に鉄材供出のため撤収されましたが、昭和45(1970)年5月23日、林霊雲作「宗祖銅像」が仙台阿弥陀寺から寄進建立されました。また台石は川越浄国寺檀徒、さらに築山庭石も信徒から寄進されました。

放生池

 
元禄7年(1694)五代将軍徳川綱吉の時代、「生類憐れみの令」発布にともない、次のような”おふれ”が出されました。 「江戸市中の金魚(赤色)銀魚(白色)を所持いたすものは、その数など正直に報告し差し出すべし」 こうして江戸市中の金魚・銀魚が集められ、この遊行寺の池に放生されました。 現在も、毎年、春季開山忌に放生会などでこの放生池で行われています。

鐘楼堂

 
現在、境内の鐘楼にかけられているこの鐘は、総高168センチ、口径(こうけい)92センチで、この金の池の間4面に489文字の漢文の序文と銘文が陽刻されています。

惣門(そうもん)

 
大きな黒の冠木門(かぶきもん=門柱にぬきをかけたもの)で、右に「時宗総本山」、 左に「清浄光寺」と彫り込んだ大きな木札がかかっています。今日では遊行寺の黒門と呼ばれています。

藤沢と遊行寺

 
遊行寺の歴史は藤沢の発展と大きくかかわり、藤沢発祥の地と言われています。
歌川広重「東海道五十三次」にも描かれた藤沢宿は遊行寺の門前町として栄えていたことは有名です。
当時から遊行寺周辺を拠点に江の島詣などで賑わっていたことが分かります。
近年では国道1号線と湘南の海をつなぐ箱根駅伝のコースにあり、
選手を苦しめる難所である「遊行寺坂」で一度は耳にされた方が多いと思います。
湘南の海、江の島方面に訪れる観光客は年間2000万人にもせまり、
その魅力から最近でも湘南で生活をしたいという方が多く、人口が増加しています。